昨年12月に出版し、金融機関担当者やM&A実務者から好評を得ている、弊社代表川原慎一の著書『下町M&A』(平凡社新書)
−−赤字、リスケ中の中小企業でも事業譲渡は可能なのか?
−−企業の再生を行いながら事業承継もできるのか?
等々、読者のみなさんからは「目からウロコのスキームだ」とのお声をいただいています。
そこで今回、読者の皆さんから寄せられた質問の中で代表的なものを、ここでご紹介したいと思います。
「自分の会社でもこのスキームをあてはめるにはどうしたらいいのか」
「そのポイントはどこにあるのか」等々。
もちろんお答えするのは著者・川原慎一です。
一人でも多くの悩める経営者を救うために、「下町M&A」の真髄をご理解いただきたいと思います。
連載最後の4回目では、「M&Aを計画してから実行するまでにどのくらいの時間を要したか」を語ってみたいと思います。
これまでに書いてきたように、M&Aで大切なのは
・「ステークホルダーとの意識を共有すること」
・「スケジュール管理と情報管理の徹底」
・「経営者の資質〜誠実で信用があること」
等があげられます。
最後に、うまくいくM&Aの「時間的な課題」を語りたいと思います。
質問1、「弊社でもM&Aを実行したいと思っていますが、買い手企業を見つけるのに難航しそうです。時間的には、どれくらいかかると思っておくべきでしょうか?」
川原「M&Aに要する時間については、全くケースバイケースであるとしか答えようがありません。拙書に書いた水田部品工業のケースでは、買い手企業が決定するまでに時間がかかり、スタートしてから8カ月を要しました。すでに書きましたように、資金的には余裕がありましたから、焦ることなくじっくりと相手を選べてよかったと思っています。
ただし、M&Aを成功させるためにはある程度のスピード感が必要であることも確かです。なぜなら、作業が停滞すると情報が漏れる恐れが大きくなるからです」
―――水田部品工業では、M&Aを決断してからスケジュール表をつくり、専務と私(川原)とでそれを共有しながら作業を進めていきました。その時に「〇月下旬までに全ての銀行への説明責任を果たそう」「〇月上旬までに、ステークホルダーへの説明責任を果たそう」という目標を決めました。買い手の決定に関しては、相手の意志によるためこちらで期限を決めるわけにはいきませんが、努力目標として「〇月までに探そう」という期日を決めました。
交渉先によっては、なかなか返事が貰えなかったり何度も同じような話し合いを繰り返したりするところがありますが、だらだらと交渉を長引かせないのが得策です。
「何月何日までにお返事がいただけなかったら、この話はなかったことにしましょう」と、イニシアチブを取りながら交渉を進めるべきです。
質問2、「時間的な目標を定めるときの要素(理由)には何かありますか?」
川原「一つは資金繰りの事情があります。だらだらとM&Aの作業を長引かせて運転資金が枯渇してしまったら経営破綻してしまいます。『〇月までにM&Aを成立させる』という目標を立てるということは、同時に『〇月までに決まらなかったら別の方法を考える』ということ。自ら事業を収束させるのか廃業するのか、主体的に決定しなければいけません。
もう一つは、M&A後の状況をよく読んで、目標を決めるということです。
水田部品業の場合、14年4月から消費税が8%に切り替わるので、それまでにM&Aが成立していないと買い手企業にも取引先にも迷惑がかかるという事情がありました。そのための目標設定だったのです。このことは、買い手企業の決断の要因にもなりました。このように、時には時間的な目標設定が、相手企業の決断を促してくれることもあるのです」
この連載では、初回に「どんな企業にM&Aは使えるのか」、2回目に「スケジュールの作成とその管理」について語ってきました。
3回目では、「うまくいくM&Aのポイント」を語ってみたいと思います。
本書『下町M&A〜中小企業の生き残り戦略』をお読みいただいた読者から、しばしば「こんなにうまくいくものですか?」というお便りをいただきます。このM&Aは実話ですから(名称等は変えてありますが)、計画どおりに本当にうまく事が進みました。水田部品工業のM&Aがうまくいったポイントはどこにあったのか。それをお話ししたいと思います。
質問1、「水田部品工業のM&Aがうまく進んだ最大の理由はなんだったのでしょうか?」
川原「このM&Aを語るときに忘れてはならないのは、事業継承者でもある芳男専務の存在です。実は専務は、M&Aを行う7年も前から私が手がける「事業再生セミナー」に毎月参加して、債務に対する考え方、財務諸表の読み方、金融機関の考え方や対応の仕方などを学んできました。だから、売上の7割を占めるコア事業が赤字になった時、そこを事業譲渡(M&A)してサブ事業を継続するという「逆転の発想」ができたのです。M&Aは単なるテクニックではなく、経営のセンスを磨く不断の努力が不可欠といえるでしょう」
―――水田部品工業では、08年から専務が金融機関に対してリスケジュール(返済の一部猶予)交渉を開始しました。当時はまだ中小企業のリスケジュールはなかなか認められない状況にありましたから、専務は金融機関に対して毎年「経営改善計画」を提出し、再生への道筋を自ら描いていきました。またサービサー(債権回収会社)についても勉強し、その対応の仕方も学びました。ある時は簡易裁判所で「特定調停」も経験しています。そういうプロセスがあったことで、金融機関は企業側が説明責任をはたして再生計画をきちんと立案すれば必ず相談に乗ってくれるという「確信」を持ったのです。そのことが、M&Aを進める上でとても大きなポイントになりました。
質問2、「我が社もリスケジュールしていて、資金繰りは比較的安定しています。この状態からM&Aに踏み切るポイントはどこにありますか?」
川原「現在リスケジュールしている企業は100万社以上あると言われています。仮にリスケによって資金繰りが安定していても、それは「不安定の安定」です。けっして安心せずに、常に危機感を持って「営業赤字になったらどう対処するか」、「正常返済に戻るためにはどうしたらいいか」等、危機管理の勉強を続けてください。そして資金的に余裕があるときにM&Aを決断すること。それがポイントです」
―――水田工業のM&Aを成功させたもう一つのポイントは、当面の資金繰りが安定していたことです。リスケジュールと専務がつくる経営改善計画が功を奏して、向こう半年分の運転資金が確保されていたのです。そのため、銀行や売却先企業との交渉にも余裕がありましたし、M&Aが決まってからも、社員たちに慰労金(一カ月分)も支払えました。資金繰りがぎりぎりの状態では、M&A作業の途中で次々と現れる難問に対して落ち着いて対応できませんし、スケジュール管理もできません。資金の準備が成功の鍵を握っています。
質問3、「経営者の資質としては、どんなところにポイントがありますか?」
川原「一言で言えば、『正直な経営で正確な財務諸表をつくり、誠実に経営していること』につきます。中小企業の中には、取引のある金融機関の数だけ粉飾決算書をつくっているところも見られますが、これでは経営の透明性が求められるM&Aには耐えられません。金融機関と売却先企業に対しては、現状の財務内容やM&A後の経営計画を詳細に説明する責任があります。お客様や取引先に対しても、しっかりとM&A後の状況を説明して、納得していただかなければなりません。もちろん社員に対しても、M&A後の待遇を説明したり転職先を世話したりする必要も出てくるでしょう。つまり、経営者が業界内で信頼を得ていなければ、M&Aはなかなか成功するものではないのです」
―――水田部品のコア事業を買い取ったテクノ電子では、このM&Aの話しがきたときに社長から最初に出た言葉は「水田さん親子は業界でも有名なまじめな経営者だ。あの親子がM&Aを決断したというなら、うちとしても何らかの力になりたいと思っている」でした。長年築いてきた業界での信頼・信用が、M&Aを後押ししてくれたのです。一朝一夕にできることではありませんが、この点を忘れないでください。
質問4、「買い手企業には、どんな資質が求められていますか?」
川原「中小企業のM&Aがうまくいかないケースでは、往々にして買い手企業の尊大な態度が見られます。『相手企業を救ってやる、救済的M&Aだ』と考えると、上から目線での対応となります。これでは交渉は破談になるのがオチです。相手企業の事業を引き継がせていただくという謙虚な姿勢が、M&A交渉を成立させる一つのポイントになります」
―――かつて手がけたM&Aの交渉過程で、難問に直面したことがありました。売り手企業の給与体系が、買い手企業のそれよりも若干上回っていたのです。事業と社員を一緒に移籍させるというのがこのM&Aの条件だったので、この給与格差は大きな問題でした。M&Aと同時に売り手企業の社員の給与を引き下げたら、退社する者が出てしまうかもしれません。私が買い手企業の社長に相談すると、器の大きな対応をしてくれました。「移籍してきた社員たちのために社中社をつくって、当面の待遇は以前と変わらないようにしましょう」と言って下さったのです。この「慮り」によって、M&Aは成功しました。今では買い手企業も大きな利益を出しています。M&Aは上下関係ではなく、あくまで両者がWin−Winとなるような、対等な交渉でなければうまくいきません。
次回は、M&Aの時間管理のポイントをお話ししましょう。
前回は「どんな企業にM&Aは使えるのか」というポイントを語りました。
今回は、読者のみなさんからの質問が多い、「スケジュールの作成ポイントとその管理」について語っていきましょう。
1、成功するM&Aのスケジュール作成と管理
質問1、「M&Aを決断するときに、社内で一人でも多くの理解者がほしいのですが、どの範囲まで相談するべきでしょうか」
川原「M&Aを決断する経営者は、えてして孤独になりがちです。一人でも多くの理解者がほしいという気持ちはわかりますが、ここはぐっとこらえて、相談するのは必要最小限に留めてください。心を打ち明けるべきは社長と財務担当者、事業承継も行うならば次期社長、そこまでです」
―――かつてこんな失敗事例がありました。
東南アジアの雑貨を輸入販売している、5店舗を経営するA企業がM&Aを決断しました。
社長からアドバイスを求められ、最初の打ち合わせの場所に出かけてみると――――。
そこには社長だけでなく、部長、店長等、6人もの役員が並んでいたのです。
「えっ!こんなに大勢に情報を漏らしてしまったのですか?」
この段階で、このM&Aには黄色信号が灯りました。
案の定、この席で社長が「赤字店舗をM&Aしようと思います」と発言したとたんに、翌日から部長以下の役員たちの「保身」が始まり、そこから業界内に悪い噂がたってしまいました。これではM&Aは成立しません。
「口が固い者がM&Aを制する」
これが鉄則です。
質問2、「具体的には、どんな順番で誰に相談していけばいいのでしょうか」
川原「M&Aの交渉は『外堀』から埋めていくのがセオリーです。以下に、本書で語った水田部品工業の事例をご紹介しましょう。M&Aをすると決めたのが〇年4月。そこからのスケジュール表です」
4月――身内でのM&Aの意志を固める〜社長、専務(次期社長)、財務担当者(妻)
5、6月――銀行団にM&Aの計画を説明する。M&A後の事業計画書も提出する〜M&A後は黒字基調にはなるものの事業規模は縮小します。そのことを説明し、M&A後の債務返済計画も打診しておきます。
6、7月――売却先の検討、
まずは得意先(元請け企業)から相談開始〜「できれば長年お世話になったお客様に事業を譲りたい」、それが水田社長の希望でした。たとえこの希望が叶わなくても、相談しておけば「M&Aでご迷惑をおかけします」という気持ちは伝わります。また同業他社に事業が移っても、スムースに取引が継続できる可能性が増えます。
「うちには相談かなかった」と、あとで言われる事を避ける意味もあります。
次に同業他社〜有力な売却先B社が見つかっても、いきなり当事者同志で「買っていただけませんか?」と言うわけにもいきません。そこで、共通する取引銀行に相談し、仲介してもらうことになりました。つまり銀行にはB社のコンサルタントになってもらうのです。時には川原と銀行とで「落としどころ」を探る交渉を行ったこともありました。
7、8月―――取引先(仕入れ先)への告知〜業界内によからぬ噂が立つ前に、利害関係社にはしっかりと説明することで信用が守れます。共倒れや貸し倒れの心配をかけないように、M&Aの前と後の財務状況も説明します。
質問3、「社員に対してはいつ発表したらいいのでしょう」
川原「長年働いてくれた社員には早い段階で伝えたい気持ちは山々でしょうが、社員に対しては最後の最後まで秘密を厳守してください。
伝えるタイミングは、Xデー(M&A発表の日)の前日。中核社員に対して、「明日こういう発表をする」と告げます。
大切なのは、情報開示と同時に会社の事情をよーく説明して「このままでは給料も支払えなくなる、移籍してくれたら生活の安定も計れる」と説得することです。社員から、「それではM&Aも仕方ありませんね」と「共感」を得られるようにします」
―――これらのタイミングとアクションの要諦を、一覧表をつくって一元管理します。
利害関係社とは意識を共有して、「安心してください、事業は継続します」と伝えて風評被害を防ぐことも大切です。
続く3回目は、「M&Aがうまくいくポイント」をお話ししたいと思います。
1、どんな企業(事業)にM&Aを使えるのか
質問1、「今回『下町M&A』を読んで、赤字企業でもこんなにも事業譲渡がうまくいくのかと驚きました。弊社も長年リスケジュール(金融機関への返済猶予)をしているのですが、それでもM&Aで事業を売却することは可能でしょうか」
川原「リスケ中の企業でもM&A(事業譲渡)は可能です。拙書に書いた水田部品工業は、長年リスケを行いながらもテクノ電子にコア事業の事業譲渡を行いました。その結果、現在は社員10名(M&A前は38名)、総売上は1.5億円(同3.5億円)と小規模になりましたが、立派な黒字企業として再生し、かつ経営は当時の専務(現社長)に引き継がれています。Aさんも希望を持ってM&Aを考えてみてください。
ただし、リスケ中といっても、以下の点をしっかりと吟味してください」
――−「営業黒字が確保できているか」
営業黒字(売り上げ−仕入れ原価−販管費)が赤字では、事業として継続する意味がありません。また赤字の場合は、どうやれば黒字事業になるのかがポイントです。「残すべき事業なのか」「終息させるべき事業なのか」は冷静に判断してください。
質問2、「我が社では、第一事業部は営業黒字をキープしていますが、第二事業部が赤字になっています。M&Aを実行するには、どんな判断が必要でしょうか」
川原「社内の事業部ごとに財務状況を精査することは大切です。M&A実行後の営業や財務状況を精度を高めてシミュレーションしてみてください。規模ではなく、黒字の企業にしていくことが重要です」
―――「再生と継承を同時に考える」
最近の中小企業のトレンドは「事業承継」にあります。M&Aして再生させても事業の継承者がいないのでは雇用は守れません。また継承者がいても、赤字体質のままではいずれ破綻してしまいます。M&Aのポイントは、むしろ継承者にあるといって過言ではないでしょう。
質問3、「弊社では、まだ私の息子は大学生で、すぐに事業承継する意志はないようです。事業承継については、どのように考えればいいのでしょうか」
川原「普通に考えれば中小企業の継承者は子ども、兄弟、従業員です。しかし見方を変えれば、事業をM&Aした買い手も「継承者」だといえます。M&Aで大切なのは、社員の雇用を守り、生活を保証することです。そういう意味でも、事業の継承者と言えるような買い手を探すことも大切ですね」
2、お客様、取引先や従業員への対応のポイント
質問4、「M&Aを想定すると、長年お世話になってきたお客様や取引先、頑張ってきてくれた社員との別れが一番しんどいです。どのような対応を考えればいいのでしょうか」
川原「この点は、経営者なら誰でも身につまされることです。大切なのは日頃からの信頼関係とコミュニケーション。これがあれば、話し合えばわかってくれるはずです。ただし、以下の点に気をつけてください」
―――「情報開示と同時に意識の共有を」
M&Aに関する情報は、取引先であっても社員であっても絶対に漏れないようにしてください。ただし、情報開示の日時を決めたら、その直前(前夜とか)に、キーマンには「明日こういう発表をします」と打ち明けておくことです。経営の実情を包み隠さず話して、「意識の共有=共感」を得るようにしておきましょう。「わかりました。それでは仕方ないですね」と納得してもらえることがポイントです。
質問5、「お客様や取引先には早めに相談しておいた方がいいのでしょうか?」
川原「相談するタイミングは微妙ですから、コンサルタントとよく相談してください。むしろお客様や取引先へのポイントは、M&Aをしますということよりも『弊社の事業を買っていただけませんか?』と声をかけておくことです。たとえ話はまとまらなくても、あとから『うちには相談がなかった』と言われるよりも、スムースな取引が継続できます」
―――「情報開示と同時に業界内に噂が駆けめぐる」
どんなに親しい間柄でも、情報を開示した瞬間に業界内には噂が駆けめぐるもの。そう覚悟して、情報がどう広がっていくかをイメージして開示のタイミングを見極めてください。
質問6、「銀行にはどのタイミングでどんな相談をしておくべきでしょうか」
川原「金融機関に対しては、債務の問題がありますから明確な説明責任を果たさないといけません。再建計画の資料を提出する必要もあるでしょう。もともと債務者のM&Aに賛成する金融機関はありません。「積極的な反対はしない」という確認をとることを第一義として、外堀を埋めることが大切です。もともと金融機関には厳格な守秘義務がありますから、相談のタイミングは早い方がいいと思います」
いかがですか?経営者のみなさんには、再生・承継への一条の光と感じていただけたでしょうか。
続く第二回は、M&Aのスケジュール管理のポイントを語っていきましょう。Aさん、次回もよろしくお願いいたします〜。