創業約50年、水田(みずた)部品工業本社は昭和の面影を残す東京品川区の下町にある。社長も社員も共に汗を流し、残業後には酒を酌み交わしてきた。社長水田邦夫は根からの現場主義。良いものを作ればお客さんに喜んで貰える。それが口癖だった。しかし、時代は次第に中小企業の体力を奪う流れになる。2008年資金繰りの破綻の危機に立ちあがったのは息子の芳男専務だった。資金繰りの改善で会社は救える。その為に銀行と交渉して元金返済の棚上げをしましょう。アドバイスを受けた事業再生コンサルタント川原を同行して、慣れない銀行交渉が始まった。数か月の交渉で借り入れた資金の元金返済棚上げを実現し、水田部品工業は息を吹き返す。
しかし、2011年大震災は容赦なくこの下町企業までも襲った。工場・設備の影響に止まらず受注がじわり、じわりと減り始めたのだ。しかも事業の中核をなすIT部品の赤字が止まらない。事業部門ごとの収益を厳しく管理するよう川原からアドバイスを受けてきた芳男専務に大きな決断が迫る。赤字事業のM&A。いよいよ抜本的な施策を打つ決意を水田社長に進言する。苦悩と決断。経営者親子だけでなく、社員、取引銀行、事業譲渡先、それぞれがルビコンの大河を渡り始める・・・・・